【福岡】日本酒へ継承されるサムライの志--。“白玉(しらたま)”というコメが、芋焼酎と日本酒を、鹿児島と福岡をつなぐ。奇なるが、必然の縁。日本酒復権への思いが強くにじむ。
白玉米は、脚光を浴びる鹿児島県の芋焼酎ブランド「侍士の門(さむらいのもん)」の麹米として使用されている“復活米”。江戸嘉永年間の1849年、福岡県の“弥作”という人が日向の国から持ち帰って以降、九州一円で栽培され、大粒上質米として酒米にも使われたが、丈が高いなどの栽培リスクから昭和期には姿を消した。その復活への願いを強めたのが、白玉米のルーツの地、かつての日向の国、鹿児島県曽於市財部町で酒小売業を営む前畑浩一さん(「焼酎屋の前畑」代表)だった。同氏の思いに共感した地元の役場や篤農家らの支えで、白玉米はよみがえり、平成12年、取り組みを世に問う「侍士の門」(醸造元・曽於郡大崎町「太久保酒造」)が誕生した。
前畑さんはいま、「侍士の門」をはじめ個性的な企画開発焼酎を限定流通販売する卸会社「天世味酒販(あませあじ・しゅはん)」(鹿児島県志布志市)の代表も務め、ブーム後の焼酎を販売面で支えようと奮闘している。経営環境の厳しい酒販店が、酒販業を続ける、またその契機となる商材開発を心がけ、その商材を共にはぐくみたいとの思いを抱く。
日本酒の苦境も他人事ではない。ましてや、福岡は白玉米のもう一つのルーツである。日本酒の蔵元はいま、焼酎やリキュールの製造販売にも取り組み経営を維持しているが、本業である日本酒の再興を遠くのものとして見てはいないか。「白玉米を通じ生まれる交流が、日本酒復権への一助になれば」との思いを、前畑さんは強めた。
もともと日向にあって、しかし福岡県人の介在がなければ、九州一円では栽培されなかった白玉米。福岡はコメが主役の酒、日本酒の銘醸地である。その土地で、白玉米での酒造りに挑む意義は大きい。「福岡の蔵元でこそ、白玉米で酒を造るべきではないか」(前畑さん)。そんな思いの投げかけを、若波酒造(日本酒「若波」醸造元、福岡県大川市、今村壽男代表)が受けた。
造りを担うのは、同社今村代表の娘で杜氏の今村友香さん。白玉米を掛米にした特別純米酒(麹米・山田錦)。仕込み水は、同社が普段使う阿蘇白川水源湧水を用いた。今年2月5日の初添え仕込みから28日間の醪経過を経て、3月3日、槽搾り(ふなしぼり)にて上槽の日を迎えた。 蔵に駆けつけた前畑さんは、垂れる雫(しずく)を前に感慨深げ。「白玉米には、芳(こう)ばしい香り米の特徴があるが、何か土の温かさを感じるような酒になっていると思う」。
今村友香さんは、「初めてのコメで不安はあったし、難しいところもあったが、やりがいがあった。白玉米を復活させた農家があり、そのモノづくりに、酒を造る者として共感した。酒質はとてもきれいで、食中酒に向いている」と達成感をのぞかせた。しかも、未知の酒である。貯蔵熟成を経て、大きな花を開かせる可能性がある。
白玉米で醸したことから、酒名は“日本酒「侍士の門」”とする予定。日本の和酒、焼酎と日本酒でサムライが生まれることになる。初年度の製造量は720ml換算1500本程度。発売時期などは未定だが、販売は天世味酒販商品「侍士の門」の福岡地区特約店を中心に展開する計画だ。
前畑さんは、「白玉米を通じ、日本酒の蔵元さんとの縁に恵まれた。白玉米から、夢がどんどん広がっていく」と、日本酒蔵との交流に無限の可能性を膨らませている。