【熊本】熊本大学理学部/大学院先端科学研究部(同研究部附属生物環境農学国際研究センター兼務)の谷時雄教授らの研究グループが新たに開発した「分裂酵母Kumadai-M42株」を使用した世界初の〝吟醸香クラフトビール〟が完成した。分裂酵母は、一般にビール醸造に用いられる出芽酵母とは異なり均等に分裂していく珍しい酵母で、分裂酵母ジャポニカスを用いたビール醸造は世界初の試み。ダイヤモンドブルーイング(熊本市)との共同研究で商品化の準備を進めてきた。3月29日、熊大で発表された。
分裂酵母を使用した酒類の商品化は2例目となる。
分裂酵母Kumadai-M42株は、吟醸香の主成分であるカプロン酸エチル、β-フェネチルアルコール、酢酸イソアミルの全てを高生産する株。「昨年4月20日に販売を開始した芋焼酎『池の露 湯島 The Highest Yeast』(醸造元・天草酒造〈熊本県天草市〉)で使用したkumadai-T11号株を親株に、二度の阻害剤スクリーニングを行い、多重変異を導入して、カプロン酸エチルに加えて、吟醸香β-フェネチルアルコールと酢酸イソアミルを高生産するものとした」(谷教授)。
さかのぼりkumadai-T11号株は、国立遺伝学研究所「微生物機能研究室」より分譲された親株から育種を重ねたもの。目指しているのは既存の酵母を超えるとか競うのではなく、酒類ジャンルにおいて「今までにない風味を醸し出し多様性をもたらすこと」だ。
分裂酵母を用いダイヤモンドブルーイングが醸造したクラフトビール『Kumadai Craft Beer JAPONICUS』は、日本酒のような華やかな香りが際立っており、冷蔵庫での瓶内熟成が可能で、長期熟成により味わいが変化向上するという。4月3日、熊本大学生活協同組合学生会館ショップにおいて400本限定〈アルコール分5・5%、330㎖700円(税込)〉で販売を始めた。
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分裂酵母の細胞体は大きく、ヒト細胞の構造と同じ。生命そのものが生まれたのは38億年前。恐竜が出てきたのが2億年前。ヒトの出現は約20万年前。分裂酵母と出芽酵母は約4~5億年前に分岐しそれぞれ進化してきた、全く別属の酵母だという。
谷教授は分子生物学が専門で、遺伝情報を伝える物質RNA〈リボ核酸〉による染色体や核の機能制御、癌化制御などに関する研究を、酵母とヒト培養細胞を用い行っている。1989年、分裂酵母のRNA遺伝子の構造を解明し、ネイチャーに発表した。
酵母を用いた実験中、偶然、分裂酵母ジャポニカスがアルコール発酵し良い香りを発することを発見した。
現在、焼酎や日本酒などは例外なくすべて、出芽酵母(Budding yeast)Saccharomyces cerevisiae (サッカロマイセス・セレビシエ) を使って醸造されている。
600種以上ある酵母の多くは出芽酵母で、二分裂で増えていく分裂酵母(Fission yeast)は1属、Schizosaccharomyces属(シゾサッカロマイセス属)の以下4種のみ。▽Schizosaccharomyces pombe(ポンベ)▽Schizosaccharomyces octosporus(オクトスポラス)▽Schizosaccharomyces cryophilus(クリオピラス)▽Schizosaccharomyces japonicus(ジャポニカス)。
研究によく使われているのはポンベ。ポンベはスワヒリ語でビールの意。アフリカの地ビールから分離された。
ジャポニカスは1928年(昭和3年)、九州大圃場のイチゴから分離された。1931年論文「分裂酵母の一新種Schizosaccharomyces japonicusに就て」(湯川又夫・牧哲夫)が発表されている。