「日南娘」醸造元・宮田本店 支え糧、家業で歩む

 【宮崎】創業は江戸期、文化元年(1804年)。酢の醸造業で生業(なりわい)を興し、味醂(みりん)、醤油、味噌の造りも手がける。焼酎の製造は大正11年から。酢以外の製品を今も造り続ける稀有な蔵元。地元の人々の暮らし、その土地ならではの食生活のなかで、いわば風土にはぐくまれてきたものは、醤油だけではない。本格芋焼酎の「日南娘(ひなむすめ)」。醸造元、宮田本店(宮田育紀代表、日南市大堂津)では今年も変わらぬ造りが行われ、芋焼酎製造は仕舞いの時期を迎えた。

 1次2次とも4石甕(かめ)仕込み。麹用米はタイ丸米、白麹菌メイン、床(とこ)で麹を造る。原料芋は隣接する鹿児島県・志布志や、宮崎県・都城で産する黄金千貫(こがねせんがん)で生芋のみ。オール常圧蒸留。「(焼酎が)やさしい感じになるよう心がける」(宮田代表)。末垂れカットは11度台。芋の1日当たり使用量675kg。25度1・8l製品換算で3石程度にしかならない、小さな仕込み規模だ。割り水は地元の上水。地元の人が暮らしに使う水で仕上げ、最低7カ月貯蔵して、焼酎の開花を時にゆだねる。

 今年は240石程度の製造計画で、9月中旬から12月中旬まで、蔵元7代目の宮田代表(51)、妻を含む女性4人、男性4人の9人で生まれ来る芋焼酎を見守った。製造石数からみれば、人手は多い。「小さな蔵でていねいに醸す」。そんなことを信条とする蔵元に、派手さは微塵もない。「蔵を清潔にして、地道な作業を積み重ねる」(宮田さん)。屋号を掲げる厳かな看板もなければ、焼酎を芸術品のように見せるディスプレイもない。生活のなかで愛され続ける醤油と共に、焼酎は並ぶ--実業の姿がそこには在る。脚光を浴びる蔵元だが、おごりはない。これまでは「ミヤタしょう油」が生業を支えてきたのである。道一本で隔てられる石蔵は、今も醤油の醪(もろみ)を発酵・熟成させるために使われている。

 蔵元がある大堂津は港町。日向灘に面し、背後には細田川が流れる。灘と川に挟まれ、せまく突き出す土地に、かつては集積するように蔵元があったというが、いまは2軒が残るだけだ。醤油造りを兼業することで、焼酎専業蔵にはない不思議もある。共生する蔵付き酵母が共鳴し合うように働く、そんな微生物世界が蔵内に広がっているのかもしれない。

 流通の引き合いは依然強い。しかし増石の考えは毛頭ない。2次仕込みをタンクに変えたり、貯蔵・冷凍芋を使って操業期間を延ばしたり、さらには桶買いすれば増石は可能だが、そうはしたくない。単純に、自らの手で「目が届く範囲で、ていねいに醸したい」からに過ぎない。

 「日南娘」を“にちなんむすめ”と読む人がいるが、“ひなむすめ”である。「銀の星」は芋の皮をむいて仕込み、甕貯蔵した芋焼酎。「宮田屋」は米焼酎。例年12月に芋焼酎の仕込みを終え、2月に米焼酎、3~5月に醤油を仕込む。

 初留取り商品や、芋麹商品には関心がない。目指す酒質は、「バランスのとれた味で、フルボディー」(宮田さん)。ていねいに醸した焼酎は、初垂れから末垂れまでが渾然一体となって、蔵独特の風味を醸す。芋の味わいは米麹によって引き出される。200石程度の焼酎を、至極オーソドックスに醸す。  小売直取引が多いが、その先の料飲店までのつながりを、宮田さんは心強く感じている。「お客さんとつないでいただいている。酒造りは、小さくてもやっていける数少ない業種。嗜好品だから」とも。信用を大切に、家業を歩む。

(掲載日:2009年12月24日)

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