【熊本】何とも味がある。思いが響く。そんな世界で1点の手描きラベル清酒の実演販売が12月12、13日の2日間、くまもと阪神((株)県民百貨店、熊本市)で催された。
手描きするのは酒小売業(有)シモガワ(福岡県柳川市)の下川真治専務。清酒は朝凪酒造(「朝凪<あさなぎ>」醸造元、同県久留米市)が醸したもの。同社の社員、樋渡繁夫さんは百貨店などで大型タンクを据え付けての量り売りの実績を重ね、その提案実行力がバイヤーに評価されている人物。両者が連携することで、今回の企画が実現した。
企画は今年11月に初めて福岡の百貨店で催し好評を得たもの。熊本では初。初お目見えの企画に来店客が次々と足を止め、“世界で1点”のオリジナルラベルを纏(まと)う清酒を求め注文が絶えない。出だしの2時間程度だけでも、20本近くが売れた。
下川さんが左手で和紙に手描きをするラベル。文字には、表札などを書くときに用いる、にじみが少ない木簡墨を使う。線の太さに思い切ったメリハリをつけ、墨色と余白のバランスが絶妙で、文字という絵を描く感じ。赤や金で華やかな彩りも。似顔絵や干支、猪口などのイラストもあしらい、思いを添える。一つ一つのラベルを仕上げる、そうした工程が「楽しくてしょうがない」下川さん。出来あがっていくラベルをのぞき込むお客さんと共に、楽しい時間を共有できる仕事でもある。
今回の催しを目当てに来店の人は皆無に近く、ほとんどが衝動買い。そこに感動を見いだし、歳暮や年賀の感謝を込めた酒として、また祖父や祖母、両親、子供たち、恋人へ、なかには自分の記念酒として、伝えたい思いを下川さんに託す。贈る人と贈られる人をつなぐ絆が、ラベルから垣間見える。
ある若い女性は、父の誕生日に贈りたいと買い求めた。何を贈ろうか何を喜んでくれるのかと迷い、百貨店の全フロアをめぐり、地階の酒売り場でこの企画に出会った。「どんな言葉でもラベルにしますからね」と樋渡さんが声をかける。アドバイスで、女性は父の誕生日の日付と自分の名前を入れ、「心のこもった贈り物になった」と喜んだ。「お父さん お誕生日おめでとう! 体に気を付けて 飲みすぎないでね」。
当日持ち帰りたいという急ぎのお客さんには、早ければ15分程度で渡すことができる。送り注文分はその日のうちに仕上げ、翌日発送で2日後には手元に、また贈り先へと届く。販売価格は商品の通常価格と同様。期間中は特定名称酒1・8lびん・化粧箱入り、3000円から1万500円の価格帯で対応した。「普通の試飲即売では考えられないくらい、この企画では売れる」と樋渡さんは自信を深める。年明けにも、九州の百貨店での開催が決まっている。
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下川さんの手描きの技術やノウハウを磨いたのは、福岡県柳川市で営む酒店のお客さんの要望だった。多くの人への贈り物を欠かさないお客さんは“1点もの”にこだわり、年賀状をそのままラベルにしてほしいとの求めもあった。
手描きラベルは口コミで広がり始め、野球部の監督が卒業生の親にプレゼントしたいとの依頼もあった。下川さんは、野球をする少年たちのユニフォームに背番号を入れ、“その子”を分かるようにした。結婚式の席札を、出席者の名前を記したラベルの酒で演出した時にも、驚き喜ばれた。
今年8月ごろから地域情報誌での広報も行い、量り売りの酒を活用した手描きオリジナルラベル酒の販売を本格的に開始。詰める酒は清酒や焼酎、梅酒など6蔵のもので、新事業展開以来、1日平均20口の注文があるという。「若い人の来店も増えた」。
窮状ばかりが伝えられる酒小売の業界。それでも、下川さんにとっては明るい兆しも見え始めている。「手描きラベルで感動を創ることができる」。その価値提案によって生まれる喜びを、下川さんも酒小売業を続ける糧(かて)にしつつあるようだ。
下川さんと百貨店の橋渡し役ともなった樋渡さんは、「お客さんと対話ができる試飲会としてタンクでの量り売りを提案してきたが、商品を売り、これほどの感動を与えることができるのは初めてのことだ」と、独創的な価値提案を認める。