キリンビールのキリンお酒と生活文化研究所では、2001年から開始した「『ビール5000年の旅』探究プロジェクト」の第3弾となる“日本のビールのルーツを探る”をテーマにした研究の中で、江戸時代から明治時代にかけて醸造されたビールの復元に着手する。
日本のビールの黎明期に大きな役割を果たした、ヘンドリック・ドゥーフ、川本幸民、ウィリアム・コールプランドの3人の人物に焦点をあて、それぞれが醸造したビールと、併せて発売当時の「キリンビール」の復元を行い、2005年秋に発売する予定。
同プロジェクトは、2007年に同社が100周年を迎えるにあたり、長年取り組んできたビールの歴史、科学、生活文化などの研究の一環として、ビールの5000年以上にわたる歴史をひもとくことを目的に、開発したもの。第1弾では、“ビールのルーツを探る”をテーマに、「古代エジプトビール」の復元、第2弾では“現代のホップビールのルーツを探る”をテーマに「中世グルートビール」の復元に取り組んだ。
今回の第3弾の研究で焦点をあてる3人の人物は、3つの観点からそれぞれ日本における“最初”のビールを醸造したといわれる人物で、長崎・出島のオランダ商船館長だったヘンドリック・ドゥーフは、1812年ごろ日本国内で初めてビールを醸造した。三田藩(現在の兵庫県三田市)出身の蘭学者・川本幸民は、1853年ごろ日本で初めてビールを試醸した日本人とされている。また、ウィリアム・コープランドは、1870年に横浜の山手にビール醸造所「スプリング・バレー・ブルワリー」を開き、日本で初めて本格的に、販売用のドイツ風ラガービールを醸造した。これら3人の醸造したビールを復元し、日本のビールのルーツに迫るとともに、「スプリング・バレー・ブルワリー」を引き継いだ、同社の前身の「ジャパン・ブルワリー」が1888年に発売した「キリンビール」も、同社のビールのルーツとして併せて復元する。
ビールの復元は、それぞれの人物にゆかりのある地域の同社工場で行い、その人物に関する文献や周辺情報、時代背景を調査するとともに、地域の文化や歴史に造詣の深い人物の協力を受け、より史実に忠実な復元に向けて研究を進める。
ヘンドリック・ドゥーフのビールは福岡工場(福岡県甘木市)、川本幸民のビールは神戸工場(神戸市北区)、ウィリアム・コープランドのビールおよび発売当時の「キリンビール」は横浜工場(横浜市鶴見区)で復元に取り組み、今秋の発表とあわせて、消費者に親しんでもらえる企画なども予定している。