日本生物工学会・鹿児島大会「江田賞」「醸造シンポジウム」

2015年11月25日

 【鹿児島】公益社団法人「日本生物工学会」(五味勝也会長、本部・大阪大学工学部)の第67回大会(酒井謙二実行委員長=九州大学大学院農学研究院)が10月26~28日、鹿児島市の城山観光ホテルであった。同会は大正12年(1923年)「大阪醸造学会」として発会。生物工学に関する研究交流を行うもので会員は全国3200人に及ぶ。大会の鹿児島開催は初。“集え全国のバイオテクノロジスト、焼酎の聖地へ”をスローガンに開かれ約1800人が参加した。

 開催地の鹿児島は「特に発酵研究者から見たとき焼酎の本場として位置づけられ大変興味深い土地」(同会)。本格焼酎の産地ならでは26日には「学生および市民フォーラム『九州学生本格焼酎プログラム(QSP)』」が開催された。

 QSPは九州7県の本格焼酎製造業者286社(9月現在)で組織する「九州本格焼酎協議会」(本坊松美会長=鹿児島県酒造組合会長)と九州内の大学がタイアップし共催しているもの。協議会の広報・啓発活動事業の一環で若年層の需要開拓につなげるため、大学生を対象にセミナー形式で開催している。講師は九州各地の焼酎メーカー関係者。講義は歴史の深さや豊かな文化、製造へのこだわりから技術研究の現状、飲み方提案と多岐にわたる一方、適正飲酒を重視しアルコール体質検査や飲酒の功罪がテーマの講演を組み合わせ企画しているのが特徴だ。

 これまでに①宮崎大学(宮崎県、2012年1月開催)を皮切りに、②九州大学(福岡県)③鹿児島大学(鹿児島県)④別府大学(大分県)⑤生物工学若手研究者の集い(宮崎県)⑥崇城大学(熊本県)⑦別府大学(大分県)――で実施してきた。

 今回は学生に限定しない開放講座。製法や歴史、文化はもとより粕利用や飲用の効能、楽しさを伝えるため以下開講された。①はじめに(水光正仁氏)②麦焼酎の特徴と焼酎粕の有効利用(林圭氏=三和酒類)③本格芋焼酎の造りと味わい(田中智彦氏=本坊酒造)④焼酎香気成分が持つ血栓溶解能(須見洋行氏=倉敷芸科大)⑤酒とうまく付き合う法(小泉武夫氏=NPO法人発酵文化推進機構)⑥おわりに(鮫島吉廣氏)。

□■□■□

 27日には、2015年度(第48回)生物工学奨励賞「江田賞」を受賞した髙下秀春氏(三和酒類「三和研究所」所長<同社取締役統轄部長[三和研究所・品質保証部担当]>)の発表「大麦焼酎製造に適した焼酎酵母BAW―6の醸造適性に関する研究」もあった。同賞は、醸造に関する学理および技術の進歩に寄与した同会会員に対し授与するもの。清酒分野の研究者の受賞が多く、焼酎メーカーとしては初の受賞となった。

 「受賞者は三和酒類焼酎工場内において、大麦焼酎醪から差しもとを繰り返して分離した酵母の酸性ホスファターゼ(cAPase)活性が低下し、アルコール蓄積能が向上するという現象を見いだし、その解明に取り組まれた。これによりcAPase 活性欠失の原因解明と、本酵素活性の優良酵母スクリーニングの際のマーカーとしての適用性の提案を行われ、醸造用酵母の生理に関する重要な知見を得るとともに、育種の方法論においても大きな成果をあげられた」(同会)。

 「優良な醸造用酵母として分離された焼酎酵母の分離源はすべて醪由来であるが、大麦焼酎醪から分離された優良な焼酎酵母はなかった」。研究の端緒だ。大麦麹汁中にはキシロース、アラビノースが米麹汁と比較して高い濃度で存在していた。「12%アルコールを添加した大麦麹汁培地による発酵力試験により、発酵液中のアルコール度数、生菌数ともに高かったBAW―6を選抜」。小仕込試験の結果BAW―6は「アルコールストレスが大きい二次醪後半でも発酵力が旺盛」で、アルコール収得量(生産量)も向上した。「差しもとを繰り返した大麦焼酎醪から分離したBAW―6」は大麦焼酎製造に適していることが実証された。

 「大麦・大麦麹由来成分による増殖阻害効果に対してBAW―6は耐性を有していた。発酵後半のアルコールストレス環境下においても細胞内のイオン恒常性を保ちやすいことが示唆された」。BAW―6は親株よりも大麦焼酎醪の発酵環境に「適応」しているため優れた発酵力を示したと結論づけた。データは際立つ適応力を映し、まさに酵母という確かな生命体が酒を形づくっていく姿が垣間見えた。

 引き続き、本部企画の「醸造シンポジウム」も開かれた。テーマは“魅力ある商品を支える醸造技術”。造り手の思想や技術的視点に根ざす論考を示す以下演題の講演があった。①糖質ゼロが広げる日本酒の魅力(松村憲吾氏=月桂冠・総合研究所)②新しい価値への挑戦「いつでも新鮮シリーズ」の開発(木津邦知氏=キッコーマン食品・生産本部野田工場製造第1部)③ビールのホップ香付与技術について(乾隆子氏=サントリービール・商品開発研究部)④はじめにブドウありき~ブドウ収穫日決定の重要性~(小林弘憲氏=メルシャン)⑤複雑系ウイスキー発酵技術の紹介(細井健二氏=ニッカウヰスキー・技術開発センター)

 「超高齢化社会→国民医療費の増大→2008年メタボ健診の開始」。糖質ゼロ清酒が生まれた背景だ。ビールから始まり、清酒では糖質カットから糖質ゼロへの挑戦へ移行。月桂冠は「融米造りの酵素処理技術を応用した“糖質スーパーダイジェスト製法”」で実現した。「糖質ゼロ清酒は純米酒と比較して不快臭が発生しにくい」と波及成果も指摘した。

 ビールのホップ香については、まさに農業の話。ホップの栽培条件や収穫時期で香りの成分「リナロール」は変化する。製造工程ではホップ香を出すため麦汁の煮沸終了間際に添加する。添加量は1?当たり1・46g~2・3g。酵母によってもホップ香は異なる。

 ワインも本来は農業の延長線上にある産物だ。「主にワイン醸造品種として用いられるブドウの多くは、果実の中に『香りの素となる成分(前駆体)』をいくつか有している。この『香りの素』は醸造過程でブドウや酵母が持つ酵素など、植物や微生物の作用を受けることにより香りとして人間が感じ取れる物質に変化する」。

 懸命に取り組むのは、まず「栽培」でブドウのポテンシャルを充実させ、最適な収穫を行うこと。「醸造」で個々のブドウのもつ個性を最大限に引き出し、瓶詰めに至るまでの発酵・貯蔵でワインの個性を出来る限り伸ばし維持する。
 ネガティブアロマ(未熟な香り)はブドウの梗および果皮に含まれ、生育期間を通じ日光に当たることで分解される。ブドウ栽培における「仕立て方」で光の当たり方は変わり、その工夫もカギとなる。

 一方の課題が、ポジティブアロマ(品種特徴香)の増強だ。モノテルペン類はリースリングなどの特徴香。フラネオールはマスカット・ベーリーAなどの特徴香でイチゴ様の香気成分。ロタンドンはシラーの特徴香の一つだ。

 シラーは、フランスのコート・デュ・ローヌ地方を原産とする赤ワイン用ブドウ品種で、近年オーストラリア、アルゼンチン、チリなど世界各国で栽培が拡大している。シラーワインの香りの特徴は「スパイス」「胡椒」などと表現されるが、起因する化合物がロタンドンだ。生産国および地域で比較すると、より冷涼な地域のシラーワインがロタンドンを多く含む傾向がある。「日本産シラーワインは、他国産と比較してロタンドンを多く含む傾向がある。日本が他国と比較し気温が高いのにもかかわらず、ロタンドンが多い原因として『土壌、四季の違いといった日本の栽培環境がロタンドンの生成に寄与している』と考えられた」。個々の地域および風土を反映したワイン造りへ大きな期待を寄せた。

 ウイスキーの成分の99・5%まではエチルアルコールと水。香気成分はわずか0・5%に過ぎない。その微量成分へ造り手の情熱が注がれ続けているわけだ。

 仕込みと発酵の特徴は、①温水糖化麦汁を煮沸することなく使用する<乳酸菌や野生酵母等、複雑な微生物が関与する>②雑菌に対抗するために発酵初発に大量に酵母を添加する<酵母による健全なアルコール発酵と香味形成を促す。醗酵終盤においては乳酸菌などの活動が盛んになる場合もある>

 ウイスキー原酒に含まれる「γ(ガンマ)―ラクトン」は酵母による代謝で生成されるという。生産に効果があるというのが「木桶開放醗酵」。仮説を示した。「醗酵醪に現れる液部と泡部の2局面では、それぞれに偏在する酵母は異なる働きをしているのではないか」。微好気的・泡中の酵母がγ―ラクトンを、嫌気的・液中の酵母がアルコールやエステル、フーゼル等を生成する。そうしたことが分かっても美味しいウイスキーになるとは限らない。難題を掲げた。「複雑で魅力あるウイスキー香味創出のためには、①醗酵の時間的不均一性②醗酵の空間的不均一性――をいかにコントロールするかにかかっている。微量香気で構成されるウイスキー香味の多様化研究のためにはダイナミックな視点と些細な情報を見逃すことなく総動員することが重要と考える」